回復力のあるサプライチェーンを
実現するために

「買えない、作れない、運べない」の三重苦

新型コロナウイルス感染症の流行や、ロシアのウクライナ侵攻の影響によって、部品や資材の供給が滞る事態が深刻化しています。ロックダウンなどによる工場の稼働停止や、物流の大幅な乱れによって、必要なモノが「作れない、運べない」という状況に陥入りました。とくに深刻だったのが半導体の供給不足です。

「従来、半導体の平均的なリードタイムは180日程度でしたが、一時期は約400日まで延びました。半導体はスマートフォンやパソコンといったIT機器だけでなく、身の回りのあらゆる製品に組み込まれており、半導体の供給不足による生産への影響は計り知れません。メーカーの業績だけでなく、わたしたちの生活そのものに大きな悪影響をもたらします」と語るのは、日本発のビジネスコンサルティングファーム、クニエの笹川亮平氏です。

サプライチェーンが混乱した原因は、半導体ばかりではありません。従来は調達懸念がなかったワイヤーハーネス(自動車用組電線)のような部品やコモディティ製品も、欠品が増え、調達に困難を来すような事態に陥りました。

その結果、「サプライヤーとバイヤーの力関係が変化し、買いたくても、サプライヤーが売ってくれない。サプライヤーが売り先を選ぶケースも目立ちました。サプライチェーンマネジメントは、モノが『買えない、作れない、運べない』という三重苦に直面したわけです」(笹川氏)。

こうしたサプライチェーンの混乱は、新型コロナの流行が落ち着きを見せ始めたことで、足元はやや緩和されていますが、「安心はできません」と笹川氏は言います。

「不測の事態は次々と起こっており、その都度、これまでは起こりえなかったところでボトルネックが生じています。何らかの出来事が起こると、その影響が時間差で発生するのがサプライチェーン管理の難しいところです。『ようやく元に戻りつつある』と安心して気を抜くのではなく、今後何が起こったとしても、柔軟にサプライチェーンを回復できるような体制作りに、いまこそ取り組むべきではないでしょうか」(笹川氏)とアドバイスします。

日本固有の問題も安定供給を困難にしている
ここ数年の混乱によって、「日本企業は、サプライチェーンマネジメントに対する考え方を抜本的に改めることが求められています」と笹川氏は言います。

日本企業がサプライチェーンマネジメントの取り組みを本格的に開始したのは、2000年代に入ってからです。当時の考え方は、「品質の高い部品や製品を、とにかく安く供給し在庫を抑える」というものでした。

「製造コストを抑えることに主眼を置いた結果、中国や東南アジアなどに工場を構え、そこから日本や海外にモノを送るというサプライチェーンの『長距離化』が進みました。これによって、確かに製造コストは抑えられた半面、離れた場所にある工場の生産状況や在庫数の把握、物流の手配といった管理工数が増え、管理コストも大幅に増大したのです。しかも、ここ数年のように世界的な疫病や地政学上の問題が発生すると、『長距離化』したサプライチェーンが仇となり、現地の状況把握や、物流の手配はますます難しくなります。製造コストの安さと引き換えに、万が一何か起こると、安定的な供給が断たれてしまうというリスクの存在を、多くの日本企業が改めて思い知らされたわけです」(笹川氏)。

サプライチェーンの「長距離化」によってもたらされる弊害をなくすため、生産を日本国内に回帰しようとする動きも見られます。円安で国内の人件費が相対的に下がっていることも理由の1つです。

しかし、「日本の場合、少子・高齢化に若年労働者数の減少という社会構造上の問題を抱えているため、そう簡単に生産の国内回帰が進むとは思えません」と笹川氏。

頼みの綱は外国人労働者ですが、円安で賃金が下がった日本に、わざわざ働きに来てくれる外国人労働者がどれほどいるのか。そう考えると、安定的なサプライチェーンを確保するための取り組みとしては難しそうです。

また笹川氏は、日本特有のサプライチェーンマネジメントとして進化を遂げた「ジャスト・イン・タイム」も、安定的な部品の供給を困難にしている一因であると指摘します。

「ご存じのように、『ジャスト・イン・タイム』とは『必要なものを、必要なときに、必要な分だけ』供給する仕組みですが、『必要なもの』(部品)を最適化し過ぎたために、代替部品がなく、部品が届かなくなると生産がストップしてしまうという弱さを抱えています。極度に最適化を追求した結果、変化に柔軟に対応しにくい体制を作り上げてしまったわけです」(笹川氏)。

サプライチェーン全体の可視化と回復力強化を
ただし、笹川氏は「ジャスト・イン・タイム」そのものが間違った方法だと言っているわけではありません。

「『サプライヤーから部品が届くことが当たり前』という前提であれば、『ジャストインタイム』は非常に有効なマネジメント方法だと言えます。問題は、その前提が崩れてしまった場合にどうするのかということ。つまり、今日のように部品が届くことが当たり前ではなくなると、調達する部品の品質やコストはもちろんのこと、『いかに安定的に調達するか?』ということがサプライチェーンマネジメントの最重要テーマとなってくるわけです」(笹川氏)。

そのためには、モノが届かない状況になっている原因を特定し、その情報を部門間やサプライヤーとの間で共有して、速やかにリカバリーができるような体制を確立すること。

つまり、サプライチェーン全体の可視化と回復力(レジリエンス)の強化が求められています。笹川氏は、サプライチェーンのレジリエンスを高めるため、サプライチェーンネットワーク構造、業務プロセス、組織、ITシステムをモジュール化したサプライチェーンマネジメントの仕組みを構築する必要性を訴えます。

「サプライチェーンマネジメントの原理原則であるPSI(生産/仕入れ・販売・在庫)の情報管理方法を標準化、モジュール化し、サプライヤー、工場、販社、流通などの領域をまたいでつないでいくのです。これによって、領域ごとの生産状況、在庫状況、販売状況に関する情報が共有され、ボトルネックの早期発見とともに、タイムリーなアクションが実行可能となります」(笹川氏)。

情報を繋ぐのに加え、領域をまたいで即時性のあるフィードバックと指示が行われる体制作り、「早期回復」という目的の共有や、速やかに対処するための権限の委譲・分散なども求められる、と笹川氏は言います。

もちろん、これらのシステムや体制の構築は、非常に大掛かりな取り組みであるため、経営層によるイニシアチブが欠かせません。

そのため笹川氏は、「サプライチェーンのレジリエンスを高め、部品や製品の安定供給を維持させることの重要性を経営層がしっかりと認識し、必要な意思決定や投資を行っていくことが重要」だと指摘します。

SaaS型のプラットフォームで情報を一元化する
とはいえ、領域をまたいでサプライチェーンの情報を可視化できるITシステムを構築するのは、決して容易なことではありません。

「日本の製造業の多くは、すでにSCMを支えるITシステムを利用していますが、領域ごとのPSIに特化して部分最適化を図ってしまっているケースが多く、領域をまたぐ連携がうまく取れなくなっています。これを新しいSCMシステムに全面刷新するとなると、少なくとも10年以上の時間と、相当な費用がかかります」(笹川氏)。

部分最適化されたSCMシステムは、横の連携が取りにくいので、販売部門が工場やサプライヤーの生産状況、在庫状況を確かめる場合は、電話やメール、エクセルなどのやり取りで確認せざるを得ません。その結果、状況を正確に把握するまでにかなりの時間が掛かってしまうのです。タイムリーに情報を収集し、速やかにアクションを取るためには、やはり領域をまたいでPSIの情報がリアルタイムに共有できるITシステムが不可欠です。

そこで、笹川氏が提案するのは、各領域が部分最適化したITシステムはそのまま残し、すべてのITシステムの情報を、1つの画面で一元的に確認できるSaaS型のプラットフォームを導入する方法です。

「この方法なら、ITシステムを全面刷新するのに比べれば、はるかに低予算で導入できますし、開発も数ヵ月から1年程度で済みます。さほど高度な技術を投入しなくても、『レジリエンスの高いサプライチェーン』のためのDX(デジタルトランスフォーメーション)が実現するのです。まずは簡易版でも良いので、PSIの情報を可視化、共有化するところから始めてみてはどうしょうか」と笹川氏はアドバイスします。