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本稿では、特定の製品や方法論の是非ではなく、変化を前提とした経営において、意思決定をどの単位で行い、それらをどの前提で接続するのかという構造に焦点を当てる。個別最適を許容しながらも、全体の整合性と実行力を維持するために、経営はいかなる「モデル」を持つべきなのかを捉え直す。


「まずはこの領域だけでいい。早く進めてほしい」
「スコープを絞れば、意思決定は早まるはずだ」

 

変革を急ぐ経営の現場において、こうした判断が下されることは珍しくない。対象を限定し、小さく始めること自体は合理的であり、否定されるべきものでもない。問題は、それらが意思決定の単位や将来の可変範囲を定義しないまま切り出され、結果として後から組み替えられず、他の領域とも接続されない形で進んでしまう場合である。

 

全体を貫く最低限の設計原則や、他の取り組みと接続するためのルールを欠いた局所最適な施策は、結果として経営資源(ヒト・モノ・カネ・データ)の投下資本対効果を構造的に低下させ、全社戦略の実行力を形骸化させる。

 

これは個別施策の巧拙ではなく、意思決定単位と接続ルールを定義していないという、経営モデル不在の問題である。

 


1.「モデル」とは何か

 

ここでいう「モデル」とは、一度描いたら変更できない硬直的な 「青写真」 でも、細部まで作り込みすぎた重厚長大な 「全体設計」 への回帰を意味するものでもない。モデルとは、組織や事業において、どの判断をどの単位が担い、どの前提で接続されるのかを定義する、経営意思決定の構造である。経営構造を一枚岩で固定するのではなく、再構成可能な単位として設計することで、変化への耐性と実行の一貫性を両立する。

 

これは、ソフトウェア開発におけるモジュール設計やマイクロサービスの発想に近い。経営において言えば、事業や組織を「交換可能な単位」として設計しながら、全体整合性を保つ発想である。すべてを固定的な構造として抱え込むのではなく、交換可能な単位へと分解し、明確な接続ルールによって全体としての整合性を担保することが重要になる。

 

モデルはスピードを落とすための "ブレーキ" ではない。むしろ、変化に耐え、組み替え続けるために不可欠な “エンジン” である。

 


2.企業における「モデル」とは

 

本稿で扱うモデルとは、企業が戦略をどの単位で意思決定し、どの権限構造で実行・運営するかを規定する、オペレーティングモデル(Operating Model, OM)である。

 

オペレーティングモデルとは、組織が実現したいことを、変化し得る戦略を内包しながら、継続的な運営として成立させるための構造である。そこには、意思決定の在り方、権限配分、組織構造、プロセス、テクノロジーの使われ方といった要素が含まれる。重要なのは、それらを個別施策の集合としてではなく、相互依存で成立する前提構造として設計する点にある。

 

オペレーティングモデルは静的な設計図ではない。戦略や環境が変化しても、組織としての運営が破綻しないよう、再設計可能な経営の土台として機能するものである。

 


3.日本企業を支えてきた「暗黙のオペレーティングモデル」

 

これまで一部の日本企業の事例においては、明文化された経営モデルや業務モデルを必ずしも持たずとも、高い品質と規律を両立させ、持続的な競争力を発揮してきたケースが見られる。そうした事例を支えてきた背景の一つとして、歴史的に終身雇用を前提とした組織運営が主流であったことが影響し、比較的同質性の高い人材構成の中で、強固な企業文化が形成されてきた側面がある。

 

社員の判断や行動は、マニュアルやモデルによって厳密に定義されるのではなく、代々受け継がれてきた「当たり前」によって方向づけられてきた。意思決定の優先順位、現場に委ねてよい裁量の範囲、「ここは止める」「ここは攻める」といった判断基準は、必ずしも言語化されることなく共有されていた。

 

これら一連の判断基準や行動様式は、明文化されていないものの、実質的に機能してきた、「企業文化」という名の暗黙のオペレーティングモデルであった。いわゆる「阿吽の呼吸」。言葉にせずとも通じ合う前提共有こそが、かつての日本企業における実行力と安定性、競争力の源泉だった。

 


4.崩れゆく前提と、顕在化する経営リスク

 

現代の経営環境は、この暗黙の前提を静かに、しかし確実に破壊している。事業ポートフォリオの多角化、外部パートナーとのエコシステム、そして多様なバックグラウンドを持つ人材。もはや単一の成功体験に基づく「当たり前」は、共通言語ではなくなった。異なる前提を持つ人材が短期間で成果を出すためには、「察する力」ではなく、「設計として伝える力」が組織の生産性を左右する。

 

さらに、現状の汎用的なデジタル実装(ワークフローやAIを含む)は、前提が構造として明示されていない限り、暗黙の前提をそのままの形で扱うことには依然として課題が残る。そのため、扱えるのは、意図的に分解された構成要素や、明示された接続ルールを中心としたものにならざるを得ない。

 

モデルが定義されていない組織では、こうした実装への投資が、既存の意思決定の歪みを固定化し、構造的な複雑性と維持コストを増幅させる。これは実行力の問題ではなく、経営構造の問題である。

 


結論:「文化を捨てる」のではなく、「モデルへ翻訳」する

 

多くの日本企業には、長年の成功体験と実践知から培われた、強固な企業文化という無形資産がある。重要なのは、それを否定することではなく、文化を“感覚的に維持する段階”から、“経営として設計し、意図して進化させる段階”へ移行することである。

 

暗黙の了解として機能してきた価値観や判断基準を、経営として再現・設計可能な要素へ翻訳すること。すなわち、文化や価値観を意思決定の原則や権限配分といった構造へ変換し、意図して運用できる「モデル」へ昇華させることである。これによって経営は、初めて「何を維持し、どこを更新し、どこを拡張するか」を自らの意思で選択できる状態に立つ。

 

文化をモデルとして構造化し、意思決定原則と権限設計として再定義することが、経営が自ら変化を制御するための前提条件となる。

 


*本稿に記載されている内容は、執筆者個人の経験と見解に基づくものであり、特定のベンダーや製品の公式見解や方針を示すものではない。