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English version:
【S-Insight】Reconsidering the Operating Mode 〜Redefining It as the Structural Condition of Management
はじめに:戦略は変わるが、経営は止められない
生成AIやSaaSの普及、事業環境の不確実性の高まりにより、企業戦略はかつてない頻度で更新されている。一方で、経営としての意思決定権限、実行責任、ガバナンスの仕組みを止めることはできない。
前稿「なぜ、今『モデル』が必要なのか」では、日本企業に根強く存在する暗黙の文化や経験知が、変革のスピードと再現性を阻害していることを指摘し、それらを「経営のモデル」へと翻訳する必要性を論じた。では、その翻訳は、経営のどこに対して行われるべきなのか。
本稿が扱うオペレーティングモデル(Operating Model, OM)とは、戦略や組織、テクノロジーを設計する以前に、経営そのものがどのように意思決定し、実行し、学習し続けるのかを構造として明示したものである。オペレーティングモデルを「戦略を実行する仕組み」ではなく、暗黙に依存してきた経営の回り方を、再現可能な構造へと翻訳した結果として再定義する。
オペレーティングモデルとは何か
※本図は、本稿で扱うオペレーティングモデルの射程を示す概念図である。特定の組織構造、業務プロセス、またはITアーキテクチャを表現することを目的としたものではない。
オペレーティングモデルという言葉は、コンサルティングやエンタープライズアーキテクチャの文脈で広く用いられているが、その定義や射程は必ずしも統一されていない。これは、オペレーティングモデルが特定の手法や成果物ではなく、経営や組織運営の在り方そのものを扱う概念であることに起因している。
本稿では、オペレーティングモデルを次のように定義する。
オペレーティングモデルとは、組織が実現したいことを、変化し得る戦略を前提に、意思決定・実行・学習が継続的に回る経営運営として成立させるための構造
ここでいう「構造」とは、組織図や業務プロセス、テクノロジーそのものを指すのではない。これまで暗黙の文化や経験知に依存してきた経営判断の前提を、組織として再現可能な形に翻訳した結果を指している。
意思決定の在り方、権限配分、業務の進め方、テクノロジーの使われ方といった要素は、個別に最適化されるものではなく、相互に連動しながら、経営運営として機能し続ける必要がある。この意味で、オペレーティングモデルは「戦略を実行する仕組み」ではなく、暗黙を前提にしてきた経営の回り方そのものを、構造として明示したものである。
※本稿では、オペレーティングモデルを、特定の戦略や設計に依存しない、経営運営が継続的に成立するための構造として扱っている。
なぜ再定義が必要なのか
企業経営の現実には、常に次の二つが同時に存在している。
- 環境変化や経営判断に応じて、戦略は変わり得ること
- 意思決定権限、実行責任、統制の仕組みは、戦略が変わっても止めることができない。
問題は、この二つが分断されている点にある。
多くの企業では、戦略が変わるたびに、暗黙の前提や非公式な調整によって経営運営が再構築されてきた。これは文化としては機能してきたが、変化の頻度が高まるにつれ、意思決定の遅延や実行力の低下として表面化している。オペレーティングモデルを再定義する必要性は、戦略変化そのものではなく、暗黙に依存した経営運営が限界に達しているという点にある。
「継続的」とは何を意味するのか
ここでいう「継続的」とは、単なる業務の定常性を指すものではない。オペレーティングモデルが目指すのは、戦略や環境の変化を前提としながらも、意思決定・実行・学習の循環が断ち切られない動的平衡としての経営運営である。
そのためには、少なくとも次の状態が組織として成立している必要がある。
- 意思決定が組織として回り続けていること
- 実行結果が適切にフィードバックされること
- 環境や状況の変化に応じて学習し、調整できること
オペレーティングモデルは一度設計して終わるものではない。経営運営としての整合を保ち続けるための「全体の地図」を最上位で定義し、状況に応じて更新され続ける構造である。
なぜオペレーティングモデルを最上位に置くのか
オペレーティングモデルを最上位に位置づける理由は、理念的な主張ではない。経営運営の実態に基づく要請である。
- 戦略を最上位に置けば、戦略変更のたびに意思決定や統制の前提が揺らぐ。
- 組織を最上位に置けば、構造の維持が目的化し、戦略転換は形骸化する。
- テクノロジーを最上位に置けば、経営判断が手段に引きずられる。
だからこそ最上位に置かれるべきなのは、何を目指すかでも、どう作るかでもなく、経営がどう回り続けるかという構造そのものである。それが、オペレーティングモデルである。
おわりに
企業の変革は、しばしば特定の技術や施策として語られる。しかしその背景には必ず、戦略の転換、組織構造の変更、意思決定の在り方といった全体構造の問題が内包されている。オペレーティングモデルを定義しないという選択は、中立ではない。それは、経営の回り方を引き続き文化と暗黙に委ねるという意思決定である。
環境変化が緩やかな時代には、それでも成立した。しかし変化が常態化した現在、その選択は、意思決定の速度と実行の再現性を組織の成熟度に委ねることを意味する。オペレーティングモデルを経営構造として明示することは、変革を進めるための追加作業ではない。
暗黙を翻訳し、経営を止めずに前進させるための前提条件である。問われているのは、どの施策を打つかではない。経営を文化に任せ続けるのか、それとも構造として引き受けるのかという、経営者自身の選択である。
