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前回の第1回では、SECIモデルの4つの知識変換モード(共同化・表出化・連結化・内面化)を中心に、個人の暗黙知が組織で共有可能な知識へと変換されるプロセスについて解説しました。本第2回では、そのプロセスが繰り返されることで組織全体に知識が拡大していく「知識スパイラル」の仕組みと、企業のイノベーション力を高めるための具体的な活性化のポイントについて説明します。
各回へのリンクが含まれる導入編についてはこちらの記事をご確認ください。
SECIモデルが示す4つの知識変換プロセスは、単に一度限りのサイクルではありません。
むしろ、それぞれのプロセスが繰り返されることで、知識は組織の中で徐々に拡大し、深化していきます。
この継続的かつ発展的な動きは書籍の中で「知識スパイラル(Knowledge Spiral)」と呼ばれています。
知識スパイラルは、個人レベルで始まった知識の創造が、チームや部門を経て、最終的には全社的な知識資産へと成長していくダイナミズムを表します。これは階層構造の中を縦横に移動し、あるいは部門間の壁を越えて拡散する動きであり、組織の柔軟性やオープンさが問われる領域でもあります。
たとえば、ある現場の社員が開発した新しい業務改善手法(暗黙知)は、他のメンバーとの共有(共同化)を経て、手順書やマニュアルとして明文化(表出化)され、他部署のナレッジと統合(連結化)され、全社で実践される中で再び現場社員一人ひとりの暗黙知として蓄積されていきます(内面化)。こうして一つの知見が組織的な知恵へとスパイラル状に拡張していくのです。
このスパイラル運動は、単に知識量を増やすものではなく、「意味の再構成」や「価値の再創造」にもつながります。知識スパイラルの本質は、知識を静的な資源ではなく、絶えず進化し続けるプロセスと捉える視点にあります。
企業が持続的な競争優位を得るためには、この知識スパイラルをいかに活性化させるかが鍵となります。
現代の組織で知識スパイラルを活性化し、持続的に循環させるための実践的な3つの方法を、最新のツールや働き方を踏まえてご紹介します。
1)デジタルの力で会話の質と広がりを高める
ハイブリッドワーク時代の対話は、対面だけでなくオンラインでも深める必要があります。単なる進捗報告を超え、オンラインホワイトボード、リアルタイム文字起こし、AI要約などを活用して全員の知見を可視化・記録しましょう。解決策だけでなく、その背後にある思考プロセスや未解決の疑問も共有することで、共感と信頼が育まれ、創造性が引き出されます。
2)物理とバーチャルを融合させた多層的な「場(Ba)」を設計する
会議室はBaの一形態に過ぎません。現代の組織では、非同期でアイデアを共有できる常設のオンラインワークスペース、共同創造のための没入型VRルーム、廊下での偶然の会話を再現するようなインフォーマルなソーシャルチャネルなど、複数の層を持つ場をデザインできます。心理的安全性をこれらすべてのレイヤーで確保し、場所を問わず自由に発想し、疑問を口にし、型破りな視点を探求できる環境を作ることが重要です。
3)知識資産をインテリジェントに収集・接続・進化させる
貴重な知見を会議や案件・プロジェクトの終了と同時に埋もれさせては勿体ない。最新のプラットフォームやクラウドツールを活用すれば、議論を自動で記録し、関連メタデータを付与し、ナレッジグラフや企業検索システムと統合できます。AIを使えば、要点抽出、パターン発見、関連知識との接続提案も可能になります。これにより、知識は静的なアーカイブから動的で再利用可能な資源へと進化します。
これら3つのアプローチを組み合わせることで、知識スパイラルは加速するだけでなく、その射程も広がります。暗黙知が可視化され、循環し、デジタル・ファーストな環境で継続的に価値を生み出すのです。
具体例として、現代の企業で広く活用されている「ハッカソン」を見てみましょう。
ハッカソンは、通常1日から3日間程度という短期間で、異なる部署や専門分野の人々が集まり、集中してアイデア創出とプロトタイピングを行うイベントです。その魅力は、普段の業務の枠組みや階層を超えて、多様な知見と経験を一気に融合させられる点にあります。実際の現場では、アイスブレイクから始まり、課題の共有、チーム編成、アイデア出し、試作開発、そして最終プレゼンテーションまでが、驚くほどのスピードで進行します。この過程全体が、SECIモデルにおける4つのモードを高速で循環させる場となっているのです。
共同化(Socialization)
異なるバックグラウンドやスキルセットを持つメンバーがチームを組み、互いの経験や直感、現場感覚を直接共有します。普段は交わらない職種同士の会話が生まれ、「そんな視点があったのか」という発見が信頼関係のきっかけになります。この段階で築かれる共感や相互理解が、その後のアイデア形成の土台となります。
表出化(Externalization)
頭の中にあるぼんやりとしたイメージや感覚を、言葉・スケッチ・ストーリーボード・即席のデモなどの形にしていきます。限られた時間の中で、抽象的なアイデアをチーム全員が理解できる具体的な表現に落とし込むことで、認識のズレが減り、方向性が定まっていきます。
連結化(Combination)
各自が持ち寄った知識、過去の事例、既存のツールやAPI、社内外の技術資産を組み合わせて、新しいソリューションの構造を設計します。ハッカソンでは時間制約があるため、既存リソースの再活用や組み合わせの妙が成否を分けることが多く、まさに「知識をつなぐ」ことの価値を体感できます。
内面化(Internalization)
実際の試作開発やテストを通じて、新たに得た知識やスキルが参加者の中に定着します。短時間での試行錯誤は、単なる理論理解ではなく、手触り感のある経験知を生み出します。イベント後もこの学びは各人の暗黙知として残り、次のプロジェクトや日常業務に活かされます。
このように、ハッカソンはSECIモデルの知識変換を体験できる典型的な事例です。短期的には1回限りのイベントですが、組織的に継続して実施することで、暗黙知と形式知の循環が持続的に回る「知識スパイラル」を形成し、組織的知識の創造と共有を促進します。そして、この循環を成立させる背景には、参加者が自由に意見を交わし、失敗を恐れず試行できる“文脈(Ba)”が欠かせません。
次回の第3回では、その文脈を形づくる「場(Ba)」――知識創造を支える空間や関係性のデザインについて、詳しく探っていきます。
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